ROSAが燃え尽きる



 紅い。目覚めると、世界は真っ赤に染まっていた。

 

 冷たい石の壁も、鉄格子から降ってくる太陽の光も、全部真紅だ。
 ふと、自分の手を見てみた。真っ赤な太陽に透かした俺の手は、より紅く染まった。先程まではめられていた手枷の痕が、いっそう濃く、滲んでいる。
手首を曲げると、滲んだ痕は棘が刺さっているように、ずきんと痛んだ。

 ああ。なんでこんなに紅いのかな。俺は、当たり前の疑問を口に出した。今までどこかに消えていたその疑問は、すぐさま一つの結論に導かれた。
 そうだ。俺が刺した女の血が、目の中に入ったんだ。あの時の返り血はすごかったもんな…。ナイフを抜くと、傷口から血がぶわぁって、あふれ出たんだ。
そう、まるで、大輪の薔薇の花が咲くみたいに……。

 ああ、薔薇だ。本当に奇麗な薔薇だったんだ。あの日、あの女の胸に差し込まれてた薔薇と同じように。

 『なぁに?あんた…あたしが欲しいの?』

 黒い影の中で、真っ赤な唇が開き、俺に囁きかけた。喉の奥が渇き、唾液を飲み込む。半開きの唇に、濡れた舌が入り込んできた。柔らかな感触が離れると、女はくっくっと笑った。

 『うふふ…かわいい人ね……』

 女の黒いしゅすのような愛撫が体を包み込む。人肌の温もりと、歓喜の波がくぐもったうめきと共に、俺の中を昇って来た。
薄く目を開けると、女の肌の黒と、薔薇の真紅が混ざり、暗い赤の世界になっていた。どこか懐かしいその世界は、温かさと甘酸っぱい匂いに満ちていた。

 だが、突然その世界は終わりを告げた。気が付くと辺りは何もない、灼熱の砂漠のようだった。暑すぎる渇ききった世界で、女は陽炎の向こうに立って、こう言った。

 『さよなら。もう、会う事はないわ』

 俺は叫び続けた。頼む。頼むから、待ってくれ。ふりかえりもせず、砂塵の向こうに女は消えた。

 俺は泣いた。胸に真っ赤な薔薇が突き刺さっている。痛い。会いたい。俺はありったけの大声を上げて、泣き崩れた。だが、涙は渇いた大地に吸い込まれていく。
 涙も流し尽くして、涸れきった時、俺の胸は熱く灼け、ただれていた。

 それから俺は灼熱の砂漠をさ迷い続けた。ただ、あの女だけを求めて。白い壁と、白い砂のあの世界を歩き回った。太陽も、空も、何もかもが白く、熱い……。
 くっきりと地面に落ちたを目で追いながら、俺の足は当てもなくさ迷う。足にまとわり付く砂を振り切り、気が付いた時には、帰れる場所もなくなっていた。

 そして、ようやく俺は女のもとにたどり着いた。だが、あいつは一人じゃなかった。紅い薔薇を黒い肌に咲かせ、他の男の腕に抱かれて、あいつは笑っていた。
 俺を見つめて、薔薇の唇がゆっくりと開く。

 『なんだ坊や、追いかけて来たの?でもね、あんたとは、終わったの。どうか解かって頂戴な・・・』

 嘘だ。厭だ。そんなのは!!愛してるって言ったじゃないか。嘘だったのか。答えてくれ。教えてくれ。俺を、俺を、愛してくれ。……ああ、からだが熱い。芯から燃え上がるように、からだ中、焼けただれてゆく……。

 熱い、ぬるぬるした血が手を滑る。

 甲高い女の叫びが、頭にガンガン響く。

 視線を落とすと、見開かれた女の、黒い瞳。

 ……何だ、まだ俺を笑うのか?

 ……俺じゃない誰かの腕の中に、また戻るのか?

 結局お前は俺の物じゃないのか?

 俺の滑る手は、またナイフを握りしめた。

 そして天頂から、振り下ろす。振り下ろす。何度も。何度も……。

 でも、女が笑う。花びらの中で、女が笑っている……。

 

 じりじり焦がす日差しの中、渇いた砂に大輪の薔薇が咲いた。

 俺の、胸にも、咲いた。


fin


あとがき

 目に痛い配色でごめんなさい(汗)
 手元に残ってる中で一番古いSSをすくい上げてしまいました。高校生の時に書いたんだったかな?
 元ネタは「カルメン」とEBIくんの「ROSAが燃えつきる」です。
 真面目な男が魔性の女に惚れて身を持ち崩す、というファムファタル物にどっぷり浸かってた時の名残です。
 今も浸かってるといえば浸かってますが。
                            (2009年 4月 再up)

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