Stars,like tears


 また一つ、星が流れるのをコウ=ウラキは官舎のベランダから見ていた。
 あれはただの流れ星だろうか――それとも、とコウは目を細める。
 魂をこがし、燃え尽きてゆく・・・星の屑の欠片。
 星が流れる時、人が死ぬ。そんな迷信が半ば真実を表すようになって、すでに久しい。
 それを、いやが応でも実感する立場に、かつてコウはいた。
 目の前で多くの命が散り、自らも誰かの命を散らせた。
 そしてあの時、あの男が情けをかけてくれなければ、自分もその中にいた。その男は
ひときわ大きな流れ星となって、消えている。
 まだ、夜明けまでにはほど遠い空。その暗さを打ち消そうとするかのように、
ひとつ、また一つ――。
 今の基地でテストパイロットの任について、一年近く。
 もう暗い宇宙で誰かの命を散らすことも、散らされることもない。自ら志願さえしなければ。
 胸の奥がちろちろと焦げている。自嘲か。悔恨か。何にしても苦い炎。
 コウは目を伏せた。大きく息をついて、また空を見上げる。
 あの男がいる、はるかな星の海を――。
 『……今の俺を見たら……お前は嘲笑うんだろうな』
 答えはない。コウはさらににらみつづけた。
 『……俺は彼女を泣かせたりはしない……絶対に』

 
 明かりのない寝室。夜具をはねると、寝ていた妻がわずかに身体をずらした。
 「ごめん、起こした?」
 「ううん」
 そのまま隣に入った。彼女の瞳がわずかな光を受けて輝いている。
 「いつもこれ位に泣き出してたじゃない……自然に目がさえちゃうのよ」
 「そっか……やっと、大人しくなってくれたな」
 「…絶対にアレ、あなた譲りね」
 「え?」
 「なにかおねだりする時の顔。ちょっと上目遣いで、目なんかうるうるさせちゃって。あなたも昔、
あんな感じだったんでしょ?」
 「勝手に決め付けるなよ…」
 ぷっと膨らませた頬に、つんと柔らかい感触が当たる。
 「ほら、このすねた顔なんか、そーっくり♪」
 「ニナ!」
 くくっと妻が笑う。それにつられて自分も笑い出し、彼女を腕の中に招き入れていた。
 「でも、あなたに似て本当にかわいいわ。特に、あの真っ直ぐな黒い髪……うらやましい位」
 彼女の髪は、そんな言葉が出るとは思えない繊細なプラチナゴールドだ。ゆるくウエーヴのかかった
その髪に指を絡ませながら、彼も幼い愛娘の姿を思う。
 「だけど、目の色は君と同じだよ。高い空みたいな、澄んだ青……俺の一番好きな色」
 「だから、ルリって名づけたのよね…」
 「ああ」
 いとし子の面影が二人の言葉をしばし奪う。
 なにげなく、妻が口を開いた。
 「そういえば、あなた昔よく空見てたわね……オークリーにいたとき、一人きりで」
 「え…?」
 意外だった。娘が生まれて以来、彼女の話すことは娘の成長の事、今の日常生活の事が多かった。
過去の事は――、一週間前のことでさえも、蒸し返すようなことはなかったのに。
 いや。それは自分も同じだ。二人に共通して横たわる過去を時おり思い出すことはあっても、口にはしない。
 何がそうさせているのか――怖いのだ、と彼は思った。過去に触れて、今の生活がバラバラになるのが、
二人とも怖いのだと。
 「……そうだっけ」
 嘘だ。北米の荒野で、ひとり果てしない空を見上げつづけた記憶は、当時の胸の痛みと共に
はっきりと残っている。現にさっきも、彼は寒空の下に立ち、その想いを夜空に溶かしていた。
 それよりも、彼女がその事実を知っていたことが驚きだった。青い空をにらみ続けた自分は
彼女にどんな風に映っただろう。
 かつて、彼女が愛した男は、彼女を残し戦場へ消えた。そして、自分と壮絶なまでの命の
やり取りをし、最後は宇宙に散ったのだ。魂を燃やし尽くして、星の屑となって――。
 その行為は許せるものでなくても、彼の怒り、そして何かを成し遂げようと言う崇高な意志は
自分にもよく分かる。一握りの権力者によって歪められた世界。人としての当然の怒りだ。
 けれど――その影で失われた多くの悲しみは、いったいどこへ持っていけばいい?少なくとも
愛した人を失った彼女の悲しみは、そう癒えるものではないだろうと、彼は思っていた。
 「そうよ。お昼が早く終わってあなたを探すと、大抵ハンガーの裏に立ってるの。
何をするわけでもなく、ただ、じっと空を見上げてる……」
 「もう、忘れたよ」
 夫はかぶりを振り、背を向けた。その肩にそっと、手のひらを重ね、妻はささやいた。
 「コウ……。あなたの中で、もう決着はついたの?」
 全身の血が凍った。やはり――彼女は気付いていたのだ。
 あの時、自分が見ていたのは青い空じゃなかった。
 もっと高い、もっと遠い宇宙。幾多の魂が光と化した、冷たい海。
 白い二つの機体。届かず、弾けた閃光。殺気を含んだ笑み。緑色のモビルアーマー。
落ちてゆくコロニー。背の高い、銀髪の男。立ち尽くす彼女。震える自分を射抜いた、強く静かな瞳。
そして――全てが崩れ去る、あの瞬間。
 あの時――自分の心はそこにはなかった。あの星の屑の戦場へ心を奪われていたのだ。
悔恨を残したあの宇宙に再びと、ただ願っていた。そして彼女はそれに気付いていた。
 自分は、彼女の目の前で、彼女の一番深い傷をえぐっていたのだ。
 振り向けない。彼女の表情を見るのが、たまらなく怖い。
 重ねられていたぬくもりが離れる感触。ひざを抱えて彼女が言った。
 「ついてるのなら、それでいいわ。でも、もし、まだあなたが迷ってるとしたら……あなたは
それをどうにかするべきよ」
 硬く、言い聞かせるような声。それはいつもの妻と言うよりも、二人が出会った頃の彼女を思い出させた。
 答えはない。彼女は明るく言った。
 「ねえ、コウ。私のこと、愛してる?」
 「そんなの、当たり前じゃないか」
 「ダメ!ちゃんと、こっち見て!」
 子供じみた彼女の非難に、彼は体を起こす。しかしそこには、口調とは裏腹な真剣そのものの彼女の顔があった。
 「お願い……あなたが私たちを思ってくれてるなら、聞いて。……私、すごく感謝してるわ。
結婚して、子供が出来て…あなたはずっと大事にしてくれた。『ずっと一緒にいよう』って言ってくれて、
本当にうれしかった……」
 頬から肩へ。二の腕に。また彼女の手が触れる。口伝えでは足らない言葉を伝えるように。
 「でも今は……何か違うの。相変わらず、あなたは優しいけど…どこか苦しそうだわ」
 「苦しいだって!?」
思わず声を荒げていた。彼女は目をそらさない。
 「君がいて、ルリがいて…今の生活に何の不満があるっていうんだ。俺が苦しいわけないじゃないか!」
 「じゃあどうして何も答えてくれないの?あなたがいなくなるよりも、何も話してくれないほうが
よっぽど辛いわ!」
 彼の目を真っ直ぐ見つめて、彼女は叫んだ。空のように青い瞳。それがこんな風に悲しみに満ちるのを、
彼は昔見ている。
 俺はこの人を、また悲しませていたのか。そんな暗い想いが自分の中を突き上げてくる。
 彼女がそっと目を伏せた。重ねられる手。
 「これだけは聞かせて……どうして、軍でパイロットを続けているの?どうして、今もモビルスーツに乗るの?」
 「どうして…?」
乾いた唇で呟いていた。自分にはモビルスーツの操縦ぐらいしか能がない。食べていくため、と言っても
彼女は否定しないだろう。けれど、彼女が聞きたいのはそんな目先の事じゃない。
 どうしてモビルスーツに乗る。かつてパイロットとしての自信を無くしたとき、自分自身に突きつけた命題。
悩み、迷いながらもどんな答えを自分は見つけたのか、彼は思い出そうとした。彼女も無言で答えを待つ。
 答えることはできなかった。月の都で、冷たい塀の中で、自分が何を見つけ納得したのか、胸が苦しくて言葉にできない。
ただはっきりとしているのは、自分の傍に全てを捨てて戦う男達がいたことだ。
 彼らが自分の胸に刻んだものが、確かにあったということだ。
 それに比べて、今の自分はなんなのか。あの男達の傍に近づけるのか。あの時見つけたものは、どこへ
置いてきてしまったのだろう。
 『だから、俺は空を見てる……』
 男たちが散り、自分が駆けた空を見て、あの記憶を取り戻そうとしていたのだ。あれから何年も経った今でも。
――決着なんて、全然ついてないじゃないか!
 けれど。まだ何かひっかかっている。その何かに気付いて、彼は愕然とした。
 ――嫉妬だ。彼女を捨てたあの男への。捨てられた彼女を傷つけないことで、結局勝つことができなかった
あの男に勝とうとしていたのだ。
 そして――なによりも、彼女を傷つけていた。ずっと自分の事を想い、支えてくれたかけがえのない人を見くびり、
『愛している』という言葉で自分の言い訳にしていた。
 『あなたがいなくなるよりも』さっき確かに彼女はそう言った。彼女の悲しみはもう癒えていた。それなのに。
彼女が弱いままだと思い込み、真っ直ぐに向き合おうとすらしていなかった。愛とはとても言えない仕打ちを、
ずっと彼女にしてきたのだ。
 すべて、自分の心の弱さのせいだ。今の生活がバラバラになるのを恐れているのは、自分だった。
手にした平穏を失うのが怖くて、ずっと逃げていた。胸に確かにあった、星の屑の記憶を亡くしたのはその時だ。
自分の弱さで、自分だけでなくそれを残してくれた男達をも貶めていたのだ。
 その姿を、その想いを、決して忘れまいと誓ったのに――!
 慙愧と後悔の念が、全身を覆っていく。両目から、涙があふれた。
 「俺、最低だ……」
 そう言うのがやっとだった。何か言おうとしたが、それはかすれた嗚咽にしかならない。
 両の手で顔を覆い、うつむいた夫の姿を、妻は切ない面持ちで見つめていたが、そっと手をのばし、抱きしめる。
泣きじゃくる子供をあやすように、そのくせの無い髪を、背を、なでた。
 「ニナ……俺は…」
 肩に額を押し付けて、呟いた言葉を妻は聞き逃さなかった。身体を離し、自分と向き合わせる。
 「もう…!今度そんなこと言ったら、本気でぶつわよ」
怒った顔はすぐに消え、柔らかい微笑みが彼の目を奪う。指先で夫の涙を拭いながら、彼女は言った。
 「私が好きになるのに、資格なんているの?好きになったのは、あなただったから。それ以外の何物でもないわ…
あなたは違うの?」
 「……」
 「それに、コウ。あなたはルリの父親なのよ。こんな泣き虫でどうするの……」
 そうだ、と夫は目を見開いた。日々成長していると言っても、まだ小さな我が子。ようやく歩き始めた
彼女が見ているのは、他でもない自分の背中だ。どうして、こんな当たり前の事を忘れていたのか。
 ただ、恥ずかしかった。それと同時に、心底愛していると思った。胸の奥からじわじわと湧いて来る
大切にしたい、という想い。これが愛しいと言う気持ちじゃなかったら、何だというのだろう。
 「ニナ」
 背筋を伸ばし、真っ直ぐ彼女を見る。残った気恥ずかしさを消すように、ニ三度咳を払って、言葉をつむいだ。
 「すまなかった……ありがとう」
 妻は黙って微笑む。その笑顔を見るうちに、今の気持ちを全て伝えたい衝動に駆られた。
 今までたまっていたものが、言葉になってほとばしる。ずっと、過去に執着していたこと。今の生活を捨てることと、
彼女に嫌われることをたまらなく恐れていたこと。彼女はじっと聞いていた。
 「こんな浅はかで、身勝手で、どうしようもない俺だけど……君を愛してる。もちろんルリもだ。
守っていきたいんだ…俺の手で」
 頬に柔らかい刺激。涙の跡に、彼女の唇が触れたのだ。首に細い腕が回され、抱き寄せられる。
 何度か口付けを重ねて、身体を離す。夫は、答えを恐れてずっとできなかった質問をした。
 「……もし、もしもさ…もう一度、戦場に行くって言ったら、君は」
 「あなたが考えて決めたのなら、文句はいえないわ」
穏やかな瞳。光ったのは涙。すぐに目を伏せ、妻はささやいた。母親の顔だ、とコウは思った。
 「でも、絶対に生きて帰ってきて。……あの子にカッコいいところ、見せてあげて」
 「…ああ」
 二つの影が、また一つに融けた。
 

 また、夜空を星が流れる。
 けれど、もう焦りも後ろめたさも、彼の瞳を曇らせはしない。
 守りたいものがあるから。支えてくれる家族がいるから。
 一緒に歩いていきたい、彼女がいるから。
 だから――もう誰にも嘘はつかない。自分が選んだ道を、踏みしめながら歩いていこう。
 遠い星の輝きを、道しるべにして。

fin


 
あとがき

 あああ、情けなや〜〜〜(;0;)
 コウがえらく自虐的なのは、自分がブルーな時に書いたからです(汗)
 TALKで「幸せにならなきゃダメなんですぅ〜」とか言っておきながら、
 こんなワケ分かんない上に暗い話でゴメンナサイ;;
  「幸せ♪」な話も好きなんですけど、「幸せ発展途上」な話も好きだったりするんですよ〜

 てか、こんなんしか書けないのかもしれません、自分・・・(汗)

 まあ、ダンナが情けない分(爆)ニナさんがしっかりしてるんでありますが
 これは母親になったせいでもあるんですね(マイ設定・笑)。
 今まで守られることを求めてきた彼女が、守りたいもの、守るべきものを見つけて
 心身ともにたくましくなってきた…みたいな(訳わかんねえ)
                             (2001年10月 UP)

 ……ツッコミどころ多すぎ!!雰囲気と勢いだけで書いちゃうとこうなっちゃうという見本です;
 一番のツッコミどころはベイビーの瞳の色。いくらハーフでも青くなりません(笑)勘違いです。
 ニナさんの瞳の色も実際は緑がかった青で、空の色とはちょっと違うよなあ。
 内容含めて、恥は恥として残しておきます。微妙に修正はしてますが。分かった方がいたら偉い!
 でも、おかんなニナさんと、悩んで悩んでそれでも歩いてくコウちゃんは書けたと思うので、そこは満足。
 他はボロボロだけどね!精進精進。
                            (2009年4月 再UP)


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